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若手教師の成長をめぐる断想

[ 今日一日、道教委の研修会に行ってきました。1時間ほどプレゼンもしましたが、昨夜それを作りながら、とくに若手教師の成長のあり方について、いろいろ考えをめぐらしました。プレゼンの周辺で考えたことを、まったく不十分で未展開ながらツイッターで思うがままに書いてみました。一部修文して掲載します。]

「今日、教育委員会の研修会で話したのだが、小中校を訪ねてかねがね不思議に思ったことがある。学校の教育目標として、「主体的に学び考える子」などの子ども像があれば、年度ごとの校長の「学校経営方針」、さらに「研究主題」などがあり、それらが整合性がとられないままになっていることが多い。

また、毎年作られる膨大な「教育計画」。その多くは指導要領などの切り貼りだ。しかし作成する労力は大変なもの。実際の教室での授業にはたいして反映されない。こうした学校の教育目標や教育計画を、もう少し整理しかつ簡潔なものにすべきでないか。こういう点を自発的に改善することなしに多忙を言うだけでは世間の理解が得られないだろう。会議などのあり方も徹底的に見直し簡潔化すべきだ。

ある学校では、職員会議はほとんどなしで、毎日の学校運営は校長教頭教務主任などで常時検討し、直ちに関係教員に伝えるようにしていて、それで生み出した時間を校内研修に当てているという。一朝一夕でできることではないが、望ましい学校運営あり方の一つである。

教育委員会の研修会で提起したもう一つ。教師個々の教師力と、学校組織の一員としての教師力がしばしば区別されないまま使われていること。発問、板書、説明、指導言などの具体的なあり様は、ほぼ個人の資質で「属人性」が強いことに留意すべきだ。いま大事なのは、そういうものだけでなく、チームの一員として学び合いながら形成していく教師力ではないか。

新任教師など、力不足の場合すぐ学級崩壊になると言う人がいる。しかし新任教師に、最近はほとんどのクラスにいる発達障害の子や「学習拒否」の子、深刻ないじめなどを一人で解決せよといってもどだい無理な話だ。それはまさにチームとして対応すべきこと。ベテランだって実際の対応は難しい。

特別に難しい事例の解決力や、見事な発問や指導言など名人的な技量を若手教師に求め、それに関する講座や教育書が拡がるというのにはやや疑問がある。若手教師は、「普通の教師」としての基礎的な技術をまず身に付けるべきだ。発問は極めて大事だが、名人的な発問など、何回かはあっても1年を通して全ての教科でなんてありえないことだ。

先日、ある小学校で、採用2年目の教師が、授業が始まっても教科書も開かない二人の「学習拒否」の子の扱いに苦労している様子を見てきた。二人のことで彼は夜も眠れないほど悩んでいるという。それに対して、問題児だけに関わりすぎると必ず学級崩壊が起こるから「スルーする技術」を持つべきという人がいる。

このアドバイスはちょっと無責任だ。教師として学習に参加しない子のことで悩みいろいろ工夫するのは当然だ。先輩が言うべきは「スルー」(っておかしな言葉だが)する技術でなく、そうした難しい子の事例を教えてやったり一緒に工夫したりすることだ。保護者との連携を含めて。解決の基本はチーム力だ。

若い教師に完全や失敗なしを求めるのはそもそも無理。むしろうんと失敗し悩んだ方がいい。それを先輩が、自慢話やお説教でなくアドバイスする。そもそも教育活動では、個々の事例は固有性が強く、どんなベテランの「極意」であっても一般化は出来ない場合がほとんどではないか。これに無自覚に、スキルやテクニックを振り回すのは問題だと思う。

若い教師がまずもって身に付けるべきは、授業法や学級づくりや生徒指導の基礎基本だ。教師の成長プロセスを見通して、それを「教師力のミニマム」として基準化するべきだと思う。ただし、チェックリストで10も20もばらばらに項目を並べるのでなく。

「教師力のミニマム」、初任段階でぜひとも身に付けるべきは、単純化すると、各授業、単元、教科で何を教えるかという「課題の明確な押さえ」と、子どもをよく観察してそれをどう伝えるかの基礎的な技術だと思う。その上で、子ども理解に関わって、学習の定着の把握を加えた方がいい(指導と評価の一体性)。これらのことは、100人初任者がいれば、少なくとも7,8割が習得できるものでなければならないだろう。

学級経営は極めて重要だが、「日々の授業の中で」つかみとる子ども理解、子どもとのコミュニケーションの基礎的技術が優先されるべきだ。高度な学級経営や深刻ないじめ解決などは、一定の経験を経なければ難しいのが普通ではないか。それはチーム力で補い、かつ先輩が導く。基本は、まずは一人前の教師として一人立ちさせることだ。

その上で、しかし、経験だけに頼ってはならない。自分の実践に応じてどんどん教育書などを読むべきだ。そもそも教師力というのは、教育に関する「知識と技能とが合体したもの」であって、知識なしの技能はありえない。かつ、いまは、誰もが踏まえるべき発達障害やITなど、必要な知識は多いし高度でなければならない。

初任段階では大変だろうが、指導書や実用書ばかりではいずれ息切れする。現代の教育課題に確固とした見識と実践力を持つのには、時に教育論や教育学研究に立ち返る必要がある。それが「探究心」と「応用力」「課題解決力」を形成する。これがないと、長い目でみて「ルーティン教師」になって「のびしろ」が無くなってしまう。だから、中堅も問題だが、初任時期、初任後5年間くらいの教師力の形成のあり方が大事なのだ。
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テーマ : 教育
ジャンル : 学校・教育

Tag:教育  comment:5 

プロフィール

村山紀昭

Author:村山紀昭
長い間、北海道教育大学で哲学を教え、1999年から私大を含めて10年間学長をつとめました。
退職後、教育と福沢に関する月1回の勉強会「教育人間塾」を続けるとともに、文科省の委員会委員や北海道教育委員会のアドバイザーとして、教育政策とくに教師教育政策に関わってきました。
平成26年4月からはフリーなスタンスで教育や福沢について思索する日々です。
趣味は音楽とオーディオ、クラシックと初期ジャズが好き。

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