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学校一日訪問

前から願っていた学校の一日訪問をしてきました。朝7時50分から終業時まで、札幌の閑静な住宅地にある各学年5クラスの大規模校へ(児童数1000人弱)。午前中はフィンランドの教育学博士課程の院生とスコットランド修士課程の院生も同行しました。とりあえずの感想を以下にまとめました。

〈1〉朝8時過ぎ、子供達が登校し揃ったところで、全校一斉朝読書を15分。最近はどこでもやっている朝読書だが若干形骸化している面もなきにしもあらずだ。しかしここでは、10人ほどの地域のボランティアの方々が各教室に入って読み聞かせ。子供達は床に座り込んだりして熱心に耳を傾けていた。各クラス月1度位こうしたボランティアによる読み聞かせがあるとのこと。読み聞かせだけでなく図書室でいろんな仕事をするボランティアの方々、総勢74人とのこと。凄い。

〈2〉こうした朝読書も、先生方がいち早く教室に入るための工夫が徹底しているから生きる。ほとんどの学校がやっている朝の職員打ち合わせは全くなく、すぐ先生方は教室に向かう。かつ、正規の職員会議も年4回に限定。これらを可能にしているのが、校内ITネットワークの徹底した活用だ。全ての必要な連絡や情報は校内ランにアップされており、先生方は朝それを見てすぐ行動できる。朝の職員会をやる学校では20分ほど子供達は教室に放置される。

〈3〉校内ITシステムを活用した健康、出欠状況の把握と迅速な対応も徹底している。保健室の先生が責任者になり毎日朝のうちに全校生徒の出欠状況、健康状況が集計され、素早くネットにアップ。それに基づいて教頭、教務主任らが必要な家庭との連絡(休んでいるが連絡無しなど)を即座に行う。かつ、安全重視の視点から、栄養教諭が給食時の子供の一人ずつの膨大なアレルギー情報を詳細に把握し、日常的に事故防止に努めているのも凄い。

〈4〉読書のあとの各教室の朝の会も数多く見たが、朝読での学習への準備に続いて、ありきたりの係の報告などは少なく、歌を歌ったり授業の準備に入ったりとそれぞれ。子供達は伸び伸びと学習に入る。規律と自由がうまくバランスがとれているように感じた。日頃から、廊下を走らない、机の上に余計なものを置かないなどの規律は徹底しているが、規律一本槍でなく、子供達の学校内での行動はしごく伸び伸びしている。廊下のどこにも「廊下では走らない」などの注意書きの壁紙がない。規律が日常の中で定着し、当たり前になっているからこそ、伸び伸びできる。これはこの学校で終始全体として強く感じた印象だ。
学習規律などが自己目的になっていないということでもあろう。規律が重要とのことで、子供達が萎縮してしまっている学校も少なくないが、そうした欠点がほとんど見受けられない。

〈5〉こうした全体的雰囲気に見合って、授業はどのクラスもオーソドックスで、奇を衒ったところがない。教科書をきちんと使用し、授業の起承転結がスッキリしている。かつ、全ての教室に高性能の実物投影機と60インチモニターがあり、どの先生も当たり前のように使いこなしている。ここまで学校全体として、授業の中で機器を有効に活かしているのは希有かもしれない(大型モニターには NHKのドキュメントなど膨大なコンテンツが内蔵されているとのこと)。後期からはいくつかのクラスで実験的にタブレット活用にも挑戦するとのこと。

〈6〉生徒と同様、先生方が伸び伸びと授業に取り組んでいる。いつ誰が見に行っても普通に対応してくれる。つねに誰にでも公開の原則のもと、先生方はごく自然体だ。管理職も授業をよく見に行くというが、個々の先生に細かい注意などはしないという。規律が当たり前の中での子供達の闊達さと同じだ。
勤務時間もいたずらに遅くまでは避けているという。ある若い女性教師に休憩時尋ねたが、「この学校では特に用事がなければ遠慮することなく普通に帰宅でき、凄くありがたい」とのこと。大事なことだが案外学校では、「遅くまで学校で仕事をするのが美徳」の雰囲気のなか軽視されていることかもしれない。

〈7〉授業は教科書をベースにしたごくオーソドックスなものがほとんどで、無理に協同学習中心にとかしていない。どのクラスも4人位の班を作っていて、随時グループでの話し合いをさせるが、討論のための討論といった雰囲気はほとんど感じられなかった。かつ必要に応じて授業中子供達が立ち上がったりうろうろしたりも自由にさせていた。子供達の発言は必ずしも活発とは言えないが、ほとんどはリラックスした態度で発言していた。

〈8〉自分が気に入った本のポスター作りなどの国語の言語活動重視も、教科書に沿って素直に取り組んでいた。あるクラスの6年の道徳は時間全部を参観したが、わたしたちの道徳に基づいて、自分の長所を互いにコメントしつつ確認するオーソドックスなもの。子供達は他の生徒の自分に対する評価を見ながら素直に自己理解を発表。

〈9〉学習面で学校として力を入れているのが家庭学習。毎朝宿題と自己学習の二冊のノートを黒板前の提出箱に提出させ、教師がこれを丁寧に見る。特に自分で課題を立てる学習ノートを重視しているよう。先生方はほとんど教室にいて、休憩時間や昼休みに書き込みを終わらせ下校時に子供に渡す。

〈10〉非常にユニークなのは、6年間分をポートフォリオ的に200頁のクリアファイルにし、家庭に預けっ放しにしている通知表のこと。「MY通知表」と名付けそれぞれ家庭で自分流に冊子にしていく。通知表自体も完全電子化。いちいち返させる必要なく、受け取った受け取ってないなどのやりとりが無用で作業軽減になるという。成績も、日頃のテスト結果が全部ネット上にアップしてあり、通知表に記載するとき、それらを即座に一覧できる。

〈11〉以上の徹底した事務簡素化、全校統一のオーソドックスな指導法の確立は、就任3年目の校長のリーダーシップによるところが大きい。かつそれはトップダウンでの押し付け的な改革でなく、骨格は校長がはっきり示すが、常にその効果を教師間にフィードバックし、教師の自発性を尊重して行われている。

〈12〉校長が、「日本の学校は画一的とか言われていても、工夫によって自由にやれる余地がたくさんある」と確信をもって語っていたのが極めて印象的だった。先生方も他の多くの学校と違って伸び伸びとやっている感が強くした。職員室の雰囲気も棘がどこかに刺さっているような暗さがない。そして教師のチーム力が良く発揮されている。

〈13〉もちろん課題は残っている。校長は「特別の研究校とかでなく普通の学校を目指している」と語っていたが、子供達が可能な限り学力や人間性で力を伸ばす教育活動になっているか、子供達の学習到達度の検証がたえず行われ授業等の改善に生かされているか。校内での日常的な授業研究がより重視されていいのではと思う。

校内では頻繁に25分位の「授業道場」を手際よくやっているという。教科書を基本にはいいが、子供の変化や教育課題に即した授業法への果敢な挑戦もあっていいのでは。例えば新指導要領の言語活動重視や道徳教育についてこういうあり方を追求するといった学校ぐるみの取組があってもいいのではないかと思う。

〈14〉もう一つ、悩ましいのはどこでも増えている発達障害などの子供の増加だと言う。これに関して、問題が大きくならないように保健室、校長、教頭らの密接で素早い対応ができているが、教育的に十分に解決してはいないようだ。担任だけでは到底不可能で、退職教員らによる短時間のサポーターが配置されているが、現状はまったく不十分とのこと。

これについて、同行した院生の話では、フィンランドもイギリスも同じ悩みがあり、どこも模索中のよう。フィンランドではそういうケースではとにかく専門のサポーターやカウンセラーを付けるとのことだが、日本はまだまだ不十分。担任が個別に対応できることではない難しい課題だと意見が一致した。

フィンランドの教育学博士課程院生に学校の印象を3点挙げて貰うと、子供達も先生方も伸び伸びしている、にもかかわらず教室が静かで落ち着きがある、図書ボランティアなど地域の人の積極的な関わりが凄い、と。フィンランドでは子供の騒がしさなど日本の比ではないところが少なくないという。英国もフィンランドも日本も、小学校で、学級規模や学校制度の違いを超えて、学習をどう成立させ子供達を伸ばしていくかについて新しい大きな課題が生じていると認識をともにする機会にもなった。(了)
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教育再生会議第5次提言についてーメモ

[ 7月3日、教育再生会議第5次提言「今後の学制の在り方について」が公表されました。取り急ぎ感想をまとめてみました。しかし、教育関係の方々は、ぜひ原文に当たって吟味していただきたいと思います。]

(1)6・3制の弾力化も5歳児教育の義務化も方向としては賛成。ただいずれも財源などで実現は至難。緩やかに地域ごとに進むかも。ただ学校は制度変更で良くなるものではなく中身が大事であることは基本。

6・3制から「5・4制」など小中一貫への移行は、現在行われている中高一貫校「中等教育学校」と基本的には同様な位置づけか。自治体が選択といっても、実施には莫大な費用がかかり、そう簡単には進まないだろう。ただ、少子化に伴う学校統合の機会に、というのはありうる。

地域ごとの6・3制の柔軟化は、日本の公教育の硬い構造を崩していく上で賛成。とくに、全国一律の詳細過ぎる学習指導要領の柔軟化につながる点で。ただ、表には裏も必ずあり、小中一貫校が増えれば学校選択制が拡がることにもなり、学校間格差が強くなることも起こりうる。また、理由に挙げられている中1ギャップは付けたしの感で、実質は発達の早期化のもとで初等中等教育の高次化(「世界トップレベルの学力」)が狙いだろう。下手をするとエリート志向が強まる。

(2)5歳児教育の義務化と幼児教育の抜本的充実は全面的に賛成。子ども支援策の緊急性から、莫大な費用がかかるにせよこれは現実性を持つと思う。すでに消費税からの7000億の投入が決まっており、段階的に追求されていくだろうし、仕事と子育てで苦労している母親や家庭に歓迎されるだろう。5歳児教育の義務化は、世界的に見てまだイギリスなどごく一部で、これが実現するとまさに教育立国の名に値するものとなる。

今後、幼保一元化、幼児教育と保育との統合など課題はまだまだ残っている。しかし、これについては、無藤隆氏をはじめ関係専門研究者の長年の奮闘が実りつつあるものと言え、既得利害を超え前に進むことが大事ではないか。

(3)教員養成に関しては遅遅として進まない小高学年の専科化には有効。すでに中教審で小中免の見直しが始まっている。ただ、小と中の免許を分断させない智恵が必要。日本の教師の質は小教師の高水準に支えられていることの繰り返しの確認が不可欠。欧米では日本よりずっと初等教育教師のステータスが低い。

教師インターン制については、当初の学卒=仮免を前提としたものではなく、「採用前又は後に学校現場で行う実習・研修を通じて適性を厳格に評価する仕組み(教師インターン制度(仮称))」とトーンダウンしたよう。これは当然。どだい、一気に新採用教員を仮免でなど現実性を持たない。逆に、教職大学院の充実が明示されているのは歓迎。

政権復活前から自民の部会が主張していた人確法に次ぐ教師の処遇改善も盛り込まれているが、財務省の壁は厚いだろう。OECDの先日のレポート等が追い風になるといいが。

(4)6・3制見直しの影に隠れているが、高校での職業教育の重視(職業教育を行う専門高校)や新しい高等教育としての職業教育機関の創設が謳われている。こちらは6・3制より現実性があるし、緊急度が高い。もっと職業高校を増やしそれにスポットライトを当てるべきだ。新しい高等職業教育校もしっかり作られると有益だ。

(5)もう一つ目立たないが、不登校生のためのフリースクールについて「その位置付けについて、就学義務や公費負担の在り方を含め検討する」とあるのは注目される。先行きは難問だが、こうした文書に明言されたことに意義がある。

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プロフィール

村山紀昭

Author:村山紀昭
長い間、北海道教育大学で哲学を教え、1999年から私大を含めて10年間学長をつとめました。
退職後、教育と福沢に関する月1回の勉強会「教育人間塾」を続けるとともに、文科省の委員会委員や北海道教育委員会のアドバイザーとして、教育政策とくに教師教育政策に関わってきました。
平成26年4月からはフリーなスタンスで教育や福沢について思索する日々です。
趣味は音楽とオーディオ、クラシックと初期ジャズが好き。

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