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日本の教員養成、いま・これから

いま日本の教員養成で決定的に重要なのは、アカデミックスとプラクティショナーとが手を結ぶことです。互いに無視、蔑視している時ではありません。互いに少し謙虚になれば、学び合うことは無数にあると思います。修士レベル化で、それが少しでも前進すればと痛切に願っています。

よく、「どのような要件を満たせば教員免許をもらえるのか。 教員免許は、自動車の運転免許ほども明確な基準がない」と言われます。これは大きな問題です。戦後ずっと「免許状主義」でやってきました。つまり国公私にかかわらず、大学で一定のコース=教職課程を履修すれば免許が取れるとしてきたのです。

免許状主義は、戦前の師範学校での閉鎖的な教員養成に代わって、広く免許を開放しました。しかしその弊害も近年強くなってきています。免許取得者と実際に採用される人とが数の上で大幅に違ってきているのです。大ざっぱに言って取得者は17万人、採用者は4万人くらい。これは高度成長期の大学増に伴っています。

つまり、多くの新設私大など教員免許を取れることが、学生集めの大事な手段になっているのです。このことと、教職課程の、単位の集合による認定。免許法上の単位の指定はありますが、それによりどういう資質能力が必須であるかは示されていません。

でも法人化前後から国立教員養成大学学部では、教職基準を独自に立てる動きが拡がっています。「教職スタンダード」とか「教職チェックリスト」など。4年間を通した学校現場への関わり、補習などのボランティアも多くの大学で行われています。しかし一般学部では、相変わらず最小の免許法指定科目の取得で済ませています。

そこでようやく出てきたのが、近く始まる平成18年答申の「教職実践演習」です。でもその中身は各大学任せですし、トータルに教職の必須基準をチェックするものになるかどうか疑問も残ります。たった2単位ですし。

要するに、教職課程での単位の寄せ集めによる免許取得というのが、各大学の努力に拘わらず「制度疲労」になっていると言えます。だからといって国家試験化は資質の底上げに必ずしも有効ではありません。一回の試験で資質をよく問えるはずがありません。免許取得のハードルを上げて教職に就く気のない人を排除するのには役立ちますが。開放制も簡単に廃止はできません。さてどうするか?難問です。ここがロドスだ、ここで跳べ、です。

免許状主義を維持しながら質保証をどう徹底できるか。思案のしどころです。いずれ中教審で一定の方向付けが出るでしょう。でも、いくら制度的に質保障を唱えても、実際に教員養成をやるのは個々の大学です。で、大学の教員自身の姿勢、質、教育力が問われます。免許制度と大学教育の内実の双方を問うべきです。

免許単位を増やしたり単位取得を厳しくしたり、欧米に一部ある「専門職基準」を導入したりは簡単です。でも、どういう教師の資質をどのように大学で確実に形成すべきかについての一定の共通理解と、そのための実際の教育内実がなければ、課題は全うされません。丸山真男ではありませんが、「制度をつくる精神」が大事です。

もうひとつ欠かせないのは、大学の養成と採用、研修とを一体的に変えることです。学校や教育委員会は大学の養成に不信、大学は採用後の資質に無関心ではダメです。初任研をいくらやっても、入ってくる若者は大学で年々養成された連中です。蛇口をいくら絞っても、元々の水がちゃんとしていなければ徒労です。

そこで、まずは養成段階で、学校の実際に即した養成教育が徹底されなければなりません。それを学部段階、修士レベル段階それぞれで教師教育論、教師の職能開発論として具体化しなければなりません。この内実なしにいくら修学期間を延長しても成果は期待できないでしょう。その基本的方向は、実践的な教師教育、つまりは学校現場に根ざした教員養成であり、そのエッセンスは、まさに理論と実践、学問と学校現場との「融合」でしょう。この点で、大学における教員養成は、工学や医学、看護学以上に実践的であるべきでしょう。

そのポイントにあるのが、アカデミックスとプラクティショナーとの本気の協働です。教科や教育学に関する専門的知識は高度に必須です。でもそれをアカデミックに教えるだけでは教師のプロフェッショナルとしての力はつきません。そこで、学校現場で十分に経験を積み、学級をどう運営するか、子どもにどう声をかけ接するか、いじめをどう早期に発見するか、発達障害の子を含んだ授業で留意すべき点は何か等々について豊富な「実践知」「経験知」(「暗黙知」も含めて)を持った実践家が大学の養成教育にぜひとも積極的に加わるようにしなければなりません。両者が、それぞれの持ち味を生かし足りないのを補いつつ緊密に協働の教育を行う形で。

例えば、優れた実践家からはすでに、学期はじめにクラスをどうまとめるかについて極めて具体的で有意義な知見が提出されています。これを何らかの形で大学教育でも取り入れなければなりません。かつそこでは、単なる個別のスキルの提示に終わらせず、日本における学級づくりの歴史、外国における種々の知見などとしっかりつなげる必要があるでしょう。

すでに教職大学院では、こういう教育が、研究者と実務家とのティームティーチングとして広く行われています。すべての授業が、ばらばらな教員たちによる「オムニバス」授業でなく、二人ずつの教員で緊密に共同して行われている教職大学院も少なくありません。

さらに、教員養成で重要な学校実習についても、従来のあり方とはずいぶん違ったものが求められてきています。これまで教育実習は、最後に行われる「研究授業」に収斂する面が強かった。実習生は、担任の指導のもと、たいへん緊張してこれに臨みます。それはそれで貴重な経験です。でも、これでは、学校における教師の仕事の一部に触れたにすぎず、かつ、授業を苦労してやった、との実感しか残らない場合が多いのです。ですから、教育実習が終わって、教師にますますなりたい、という学生もいますが、中には、これで自分は本当に教師になれるんだろうか、というまっとうな疑問に駆られる学生も少なくないのです。

確かに現行の4週間ほどの実習ではそう十分なことはできませんが、それだけでなく、学校での実習のあり方を学生自身が自分の実践を振り返り(省察)、それを自らの知識・技能として確かなものにする実習に必ずしもなっていないのです。その基本的責任は大学にあります。つまり、学校現場で実際に学生が苦労しながら体験していることに対して、大学教育の一環として適切に関わるすべが、これまで大学にあまり用意されてこなかったのです。実習期間のうちせいぜい2,3回指導教員が学校を訪ね、短時間実習生と話し合うだけで終わっているケースが少なくないでしょう。

授業の内容に関してもそうですし、子ども理解、学級づくりにかんしてもそうです。例えば算数で子どもが実際の授業でつまづいている点にどう関わりどう指導したらいいのかについて、教科の知識と授業の実際をつなぐ方法ができているでしょうか。学級づくりについて実際の場面に即して実習生が直面した具体的な事項について、これを一定の確かな知見として学生に身につけさせるすべが大学にどこまで用意されているでしょうか。これらがなければ、学生の実習に際して大学教員が、実習体験の学生自身の振り返りを教育的に「看取る」指導が成り立たないのです。ここに、アカデミックスとプラクティショナーとの協働の必須さがあります。

アカデミックスとプラクティショナーは、いままであまりに互いに無関心で、時には対立的でした。それでは、教員養成の必須知識の講義でも学校実習でもいい教育はできません。両者が本気で手を結んで、それぞれの持ち味を発揮して協力し合わなければならないのです。

教師の資質能力の向上のための教育について誰が悪いの議論は不毛です。問題の所在を大きなパースペクティブで透察したいものです。その上で少しでも解決の方向に向けて手を結び合っていかなければなりません。大量退職、採用時代の今それをやらなければ日本の教育は変わりません。その急所が、アカデミックスとプラクティショナーとの協働なのです。
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テーマ : 教育
ジャンル : 学校・教育

Tag:教育  comment:3 

Comment

水野正司 URL|はい。頑張ります。
#X.Av9vec Edit  2012.03.13 Tue18:11
村山先生

お返事ありがとうございます。

私も自分の立場で、できることに力を尽くします。

 URL|
#- 2012.03.11 Sun10:53
水野先生、多分前にお会いしてましたね。
コメントありがとうございました。

本当に、大学と学校現場、教育方法の流派間の無用な対立は止めにしたいものです。
キーワードは「学校」だと思います。公教育は学校という確固とした制度抜きにはありえないでしょう。学校の取組全体の中で、種々の教育方法、理念は「統合的に」(必ずしも同一的にではありません)生きるものでなければならないと確信しています。
水野正司 URL|膝を打ちました
#X.Av9vec Edit  2012.03.11 Sun09:58
村山先生

TOSS北海道代表の水野正司です。

先生の論考、大変勉強になりました。

ちょうど昨日、まさにこの問題を考えていました。

しかし、私一人の頭では、悶々とするばかりで結論を見出せませんでした。

本日、先生の論考を拝読し、霧が晴れた感じです。

「誰が悪いの議論は不毛」

私共も、この道で進もうと決意致しました。

ありがとうございます。
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プロフィール

村山紀昭

Author:村山紀昭
長い間、北海道教育大学で哲学を教え、1999年から私大を含めて10年間学長をつとめました。
退職後、教育と福沢に関する月1回の勉強会「教育人間塾」を続けるとともに、文科省の委員会委員や北海道教育委員会のアドバイザーとして、教育政策とくに教師教育政策に関わってきました。
平成26年4月からはフリーなスタンスで教育や福沢について思索する日々です。
趣味は音楽とオーディオ、クラシックと初期ジャズが好き。

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