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革新的な試みーカルガリー大学の教職修士コース(翻訳)

The Master of Teaching Program
  Annette LaGrange, Dean of Faculty of Education, University of Calgary

《平成11年の夏、北海道教育大学岩見沢校が中心になって行った国際教育シンポジュームで、北海道教育大学の姉妹校 であるカナダ・カルガリ大学教育学部のラグランジュ学部長が報告を行ったが、それは、欧米の 教員養成の新しい動向を示すものとして極めて注目に値するものだった。ここにその概要を訳 してみた。》(2000年5月記)

《上記のように古い訳文であるが、欧米の教師教育改革の先駆けをなすもので、そのエッセンスはなおこれからの日本における教師教育に有益と考え掲載することとした。
その後の筆者の教師教育改革論については、村山紀昭『北の教育と人づくりを求めて』柏櫓舎2007年所収「Ⅲ 日本の教師教育への提言」を参照されたい。》(2012年3月記)



1996年に、カルガリ大学教育学部では新しい教師教育プログラムを導入した。これ は、カナダにおける教師教育の中でもユニークであり、伝統的にカナダの大学で使われて きたフォーマットとはまったく異なるものである。Master of Teaching Program として 知られるようになったこのプログラムは、「探求(inquiry)とフィールド」をベースと し、「学習者中心」であるという特徴をもっている。

1 改革の理由

 革新というのはたいていの組織においてたいへん難しいものであり、教育学部の教師た ちにとっても例外ではない。世界中の教師教育プログラムについてその改善の必要が認め られ努力が続けられているが、決定的な革新は不可能ではないが困難だと見なされてい る。カルガリ大学のプログラムを説明したとき、よく、プログラムの内容自体よりこの大変化をどのように実現したのかにより多くの関心が寄せられた。われわれの経験では、プ ログラムを仕上げるさい、特に新しいプランが現状と衝突するときに生ずる諸問題に十分 な配慮を払わなければならないと言える。われわれは徐々に、制度上の構造が革新を抑え たり促進したりする力がどんなものであるかについて理解するようになった。また、系統 だった知識への強い固執が、カリキュラムを再構築するさいにわれわれをがんじがらめに 縛り付けていた。さらに幾人かのスタッフは、彼らの専門分野へのあまりにも強い関わり (commitment) から、学習者主体のプログラムに参与するのは難しいと感じ、改革努力に 抵抗した。これらの困難にもかかわらずわれわれは、過去のプログラムとはっきりと異な る教師養成の方法を開発することに成功したのだ。

 革新が必要だと教員スタッフに考えさせる動機には多様な要因があった。第1に、教授会に教師教育の新しい方向を提案するためのプロジェクトチームがいくつかあった。この 作業は完成することはなかったが、改革のためのベースを形づくった。

 第2に、学部長が新しくなり(Dr. Ian Winchester)、カナダのMcMaster大学での専門教 育に注意を喚起した。ここは、問題解決法的な(problem-based) 専門教育のリーダー的な 大学である。Winchester学部長のビジョンは、カルガリ大学で問題解決法的な教師教育のプ ログラムを作り上げることだった。彼は、問題解決法的なプロセスを何らかの形で考慮に 入れた理想的なプログラムを提言するよう学内の委員会に委託した。予算と制度的な足か せから自由になって、委員会のメンバーは、カルガリ大学の現行の教師養成の実際と根本 的に異なるプログラムを提案した。それらは、理論と実践を統合すること、探求の精神を 強めること、学校と地域とがもっと共同すること、学生が教師としての実践でもっとよく 使えるように知識を習得することなどを含んでいた。

 第3に、カルガリ大学自身、戦略的な大改革の真っ最中で、カリキュラム改定とその代 替プランを積極的に受け入れる用意ができていた。大学は、公的及び私的資金、学生や教 員の獲得、学位授与権をめぐる競争的な環境が強まっていることをはっきりと理解してい たのである。

 第4に、州のレベルで新しい保守政府が財政的な締め付けを強め、われわれのプログラ ムを変えざるを得ないような一連の予算削減を始めていた。また州政府は、50年間で初 めて、教師養成のための協定を大学側と再交渉しようとし、その中で、教育学部の卒業生 と現場のすべての教師に期待される資格・能力に関する新たな枠組を導入しようとしてい た。

 実際的にも教育学的にも教師教育のあり方を再構想すべき時だった。以上のような変化 への種々の刺激要因が、改革推進への動機づけを十分に貯えていたのである。

 そうこうしている中で、委員会のあるグループが、70人の学生と20の学校で行うプ ログラムのプロトタイプを作り出した。パイロット・プログラムというよりはプロトタイ プという形で始まったのは、プログラムが開発される普通のやり方と大事なところで違っ ている。学部による新しいプログラムへの公式的な関与は、学部の教員たちに、新しいプ ログラムへの努力がいずれ廃棄されるのではないかという心配をなくしてくれた。教員た ちはあまりにもしばしば、政府に採用される段になると欠点が目立ち採用されないままで いる パイロットプログラムを目撃してきたのだ。

2 学部とプログラムの構造

 カリキュラムへの 高度の統合的なアプローチと、哲学と方法論の調和の要求は、現在の大学の構造と種々の手続きとに対する挑戦である。学部の構造は、プログラムの目的を維持し高めるために注意深く見直された。学部は、すべての教員がそれぞれに入ることになる2つの部門に再組織された。そのひとつは、教師養成の基礎部門(initial teacher preparation) であり、もうひとつは、卒業研究部門(graduate work) である。大学もまた、新しいコースと学位 をどのように位置付けるかを再検討しなければならなかった。例えば、Master of Teaching Program では単位制は用いられていない。

 このコースでの学習と教育は、6つの首尾一貫したテーマによって組織されている。文章上の評価も点数もない。あるのは学期を通じた学習、学習の自己記録、卒業発表にもとづいてこのコースにパスしたか否かだけである。こうして互いに競い合う形で、学生たちは協同で作業することを受け入れるように動機づけられた。

 教育学部の800名の学生は、100人からなる8つのグループに分けられ、60人の教員が8つのチームの一つに所属する。大学院生、補助教員、非常勤講師が教員チームを補完する。これら教員チームは、チームリーダーのリードのもとに、それぞれ特殊な課題を立てた15人から20人の学生グループと緊密に仕事をする。

3 プログラムの概要

 Master of Teaching Programとして知られるプログラムは、学位をすでに取得した者のための2年間のプログラムである。このプログラムは、幼児・初等教育課程と中等教育課程の二つのコースを持っている。プログラムの特徴は、学習者中心、現場志向、探求主体である。

 Master of Teaching Programのハンドブックにも述べられているように、このプログラムの目的は、学生たちが、専門職である教育者とは何であるかを理解し、その役割に伴なう義務を果たす意欲と能力を身をもって示すことができるようにすることである。これは、未来の教師が次の事柄を理解すべきであるということを意味している。


(1)生徒、その両親、自分の同僚、教師という職業、さらには地域社会に対する教育論的な責任意識。

(2)人々が学んだり学んだことを表現する多様なあり方。

(3)理論と実践とそれらの成果に関する瞹昧さは、実際に探求しよく考え対話することを必要とするという認識。


 これらの理解を通して学生たちは次のようなことが出来るようになっていく。

(1)子どもやカリキュラムや(学校をめぐる)環境から発する 複雑で互いに衝突する要求に適切に対処すること。

(2) 「学びと教えが成り立つ土壌」を創造し維持すること。

(3)互いに協同することも一人で仕事することも、状況に応じてそれぞれふさわしい形で行うこと。

(4)教師としての行動を賢明に決められるように、自分、生徒、カリキュラム、教育環境について適切に評価することができること。

(5)多様な聞き手に対して明瞭にコミュニケーションしうること。

4 プログラムの支柱となるキー・コンセプト

教育の概念

(1) 教えるという能力は、実際的な活動であり、実践つまりは意図的で状況対応的で思慮深い行動である。

(2)教室にあっては情熱と信頼と興味関心こそが最高のものである。つまり学習と教育には主体性が不可欠なのであり、客観的なスキルや知的理解というものは全体の一部分でしかない。

(3)教育は複合的な活動であり、学校外の広範な社会的、文化的、政治的文脈から切り離し得ない。これらの文脈が、教室での教師の活動の枠組を形づくる。


教師教育の概念


(1) 教師教育は、それ自体相互作用的実践である。

(2)理論と実践は相互に滲透しあうものであり、教師教育のプログラムはなによりも理論と実践の統合を含んでいなければならない。

(3)教師はまとまった知識を獲得していなければならないが、大事なことは、学習と教授の中で一つ一つ生かしていくためにそれらの知識を「保持しつづける」ことである。

(4)教師教育における経験と知識は、それを行う場(例えば大学外のフィールドと大学内の学習)や方法論(ケーススタディ、講義、インターネット等)の多様性とバランスを中心に据えたものでなければならない。


 学習者と学習、教師と授業、カリキュラム編成、カリキュラム開発、実践、統合などの概念は、講義、専門セミナー、現場体験、個人研究、ケーススタディによるチュートリアル(個人教授)などを含む系統だったプログラムによって練りあげられなければならない。専門セミナーにおいては、学生は、さまざまな学部教育のバックグランドをもち、幼児・初等教育専攻と中等教育専攻の両者を含む「異集団」として編成される。

 ケーススタディ的な学習がプログラムの中心をなすのであるが、ここでも、幼児・初等教育、中等教育両コースに共通しているが学科毎に異なる研究テーマや教授法上のさまざまなテーマに関して「異集団」を構成することが重要である。ケーススタディにおいては、事例自体は教員によって立てられるが、これを全学生が実行する。学生は,フィールドワークで体験した事例に取り組み、プログラムの終わりに自分で立てた調査プロジェクトを完成させる。

 学生は、プログラムが始まって2、3週間のうちに現場体験を開始し、プログラムの間を通して現場とコンタクトを保つ。フィールドのほとんどは学校であるが、学生は、地域での体験実習にも加わる(図書館、刑務所、野外レクレーションプログラム等)。これらの地域体験実習は、学生に非常に大きな影響を与えている。学生たちは、教育的なアプローチや施設の多様性についてディスカッションし、教育作用が学校よりずっと広い範囲で行われており、生徒や子どもたちが多様な環境で学習しているのだということを理解するようになる。

(初出、北海道教育大学ホームページ「学長室だより」掲載、2000~2006年)
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ジャンル : 学校・教育

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プロフィール

村山紀昭

Author:村山紀昭
長い間、北海道教育大学で哲学を教え、1999年から私大を含めて10年間学長をつとめました。
退職後、教育と福沢に関する月1回の勉強会「教育人間塾」を続けるとともに、文科省の委員会委員や北海道教育委員会のアドバイザーとして、教育政策とくに教師教育政策に関わってきました。
平成26年4月からはフリーなスタンスで教育や福沢について思索する日々です。
趣味は音楽とオーディオ、クラシックと初期ジャズが好き。

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