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教師力アップの現実的な展望

<学校に勤務しながら大学院で学ぶ>

5月22日の読売新聞教職大学院連載の(2)で、福井大教職大学院が紹介されています。

現職の先生方が学校で仕事をしながら、学校を大学院教育の場として学ぶというたいへんユニークで有意義な大学院です。大学の教員がしょっちゅう現職院生がいる学校に出かけて、院生の学校での仕事に即して討論し合います。

校長先生の、「学校の中核を担う教員が現場を離れずに済むので助かる。学び続ける姿勢は他の教員にも刺激になる」という記事中の発言は、まさにその通りと言えます。

かつ、授業料は県教委市教委が半分程度負担し、大学の減免もあって、事実上現職院生の負担はありません。こういう大学院なら、どこでも非常にスムースに現職教員の力量アップが可能になります。

福井大ではこれを「学校拠点方式」と言っていて、今後の教職高度化の有力な方向だと思っています。教職大学院は、来年一気に拡がりますが、その中で福井方式を採り入れるところも出てくるようです。

これに対して、大学関係者は、よく、「ちゃんとした講義が行われなく大学院の教育として疑問」と言いますが、大学の教育を、教室の中で高度な理論を教授するもの、と思い込む伝統的な固定観念に拘った見解だと思います。かつ学部ではなく、高度専門職に関する大学院教育ということを見過ごした見解です。

(1)学校の仕事に即してといっても、それぞれの院生は、自分の研究テーマを大学のスタッフと話し合いながらきちんと立て、これを2年間、実践的に検証し、かつ何度もいろんな場で発表し、最終的に大部の実践研究報告書にまとめます。もちろんその過程で、種々の文献をマスターしなければならないのは当然です。

(2)福井大のこの方式は、中心になっている教育学者が何年にもわたって、ドナルド・ショーンなどの高度専門職としての教師の資質向上の理論を検討し、教育委員会と緊密な話し合いを通して実行し始めたもので、単なる職業訓練的なものとはまったく異なります。

似た方式は、80年代アメリカの一部で始まったPDS(professional Development on School)や、それを継承したイギリスの地区学校での免許取得方式などありますが、いずれも、大学がきちんと関わっていなく、新しい学習指導法などの取組が弱いという弱点が指摘されています(国家免許のドイツのインターン制も同様です)。

(3)教員養成やその高度化・修士レベル化で「実践重視」は大事なのですが、単なる職業訓練的なものに堕さないためには、大学がきちんと関わることが極めて重要なのです。かつ、いつも指摘していることですが、欧米の教員養成では、とくに小学校教員養成では、大学レベルの養成が伝統的に不十分で、その点、日本は戦後いち早く「大学における養成原則」が立てられ、これにより日本の教師の高い質がつくられてきたのです。

大学が関与することの意味は、その「探求的」姿勢の堅持にあります。授業や生徒指導等の学校での実践について、ただあれこれ技術的に腕を磨くだけでなく、自らの実践を「反省的に」振り返り、これを知的探求の課題にし、自立した理論的実践的に高い力量をもつ教師になることをめざすのです。

こうした点から見ると、日本で盛んな民間の各種の研修講座は、それなりに有益ですが、単に個人レベルの個別的な技能の習得に終わりかねない点で、大学主導のシステムに到底置き換えられうるものではありません。

(4)福井では、教職大学院を中心に、長期的な計画のもと、一定期間に県内のすべての小中教師を何らかの形でこうした修士レベルの教育を受けられるようにすることまで検討しています。これは素晴らしい構想です。

何度か福井県教委の方と懇談もしましたが、こうした方向で、大学とがっちりタッグを組んで教師力を上げようとの固い信念が窺えました(教育行政の人達の中にはまだまだ大学不信の強い方が少なくないのですが)。

国家免許化とか国家試験とかいろいろ言われ始めていますが、もともと無理なそうした「改革」の検討に時間を費やすより、いまやる気になればすぐできること、例えばこうした福井方式の教職の高度化を全国で大々的にやるのを国がしっかり応援する方が、よほどリアリティーがあると思っています。

学部新卒教員については、また別な課題がありますが、これも、和歌山県が去年から始めた、大学の全面協力のもとの1年間の研修制度などを広げれば十分有意義であり、国の財政支援があれば、教職大学院が全県設置になる来年度以降現実的に可能です。免許法などは、こうした現実策のもと、必要な改正を思い切ってやればいいのです。

前にも書きましたが、まさに、「ここがロドスだ、ここで跳べ!」です。あれこれ非現実的な施策に拘っている暇はありません。学校現場での教師の疲弊の解消と力量アップは待ったなしです。

あと数年後来る採用減の時期に向けて、大胆かつ現実的な資質向上策に踏み切るべき時期でしょう。

http://www.yomiuri.co.jp/ky…/renai/20150515-OYT8T50008.html…
<学校に勤務しながら大学院で学ぶ>

5月22日の読売新聞教職大学院連載の(2)で、福井大教職大学院が紹介されています。

現職の先生方が学校で仕事をしながら、学校を大学院教育の場として学ぶというたいへんユニークで有意義な大学院です。大学の教員がしょっちゅう現職院生がいる学校に出かけて、院生の学校での仕事に即して討論し合います。

校長先生の、「学校の中核を担う教員が現場を離れずに済むので助かる。学び続ける姿勢は他の教員にも刺激になる」という記事中の発言は、まさにその通りと言えます。
かつ、授業料は県教委市教委が半分程度負担し、大学の減免もあって、事実上現職院生の負担はありません。

こういう大学院なら、どこでも非常にスムースに現職教員の力量アップが可能になります。

福井大ではこれを「学校拠点方式」と言っていて、今後の教職高度化の有力な方向だと思っています。教職大学院は、来年一気に拡がりますが、その中で福井方式を採り入れるところも出てくるようです。

これに対して、大学関係者は、よく、「ちゃんとした講義が行われなく大学院の教育として疑問」と言いますが、大学の教育を、教室の中で高度な理論を教授するもの、と思い込む伝統的な固定観念に拘った見解だと思います。かつ学部ではなく、高度専門職に関する大学院教育ということを見過ごした見解です。

(1)学校の仕事に即してといっても、それぞれの院生は、自分の研究テーマを大学のスタッフと話し合いながらきちんと立て、これを2年間、実践的に検証し、かつ何度もいろんな場で発表し、最終的に大部の実践研究報告書にまとめます。もちろんその過程で、種々の文献をマスターしなければならないのは当然です。

(2)福井大のこの方式は、中心になっている教育学者が何年にもわたって、ドナルド・ショーンなどの高度専門職としての教師の資質向上の理論を検討し、教育委員会と緊密な話し合いを通して実行し始めたもので、単なる職業訓練的なものとはまったく異なります。
似た方式は、80年代アメリカの一部で始まったPDS(professional Development on School)や、それを継承したイギリスの地区学校での免許取得方式などありますが、いずれも、大学がきちんと関わっていなく、新しい学習指導法などの取組が弱いという弱点が指摘されています(国家免許のドイツのインターン制も同様です)。

(3)教員養成やその高度化・修士レベル化で「実践重視」は大事なのですが、単なる職業訓練的なものに堕さないためには、大学がきちんと関わることが極めて重要なのです。かつ、いつも指摘していることですが、欧米の教員養成では、とくに小学校教員養成では、大学レベルの養成が伝統的に不十分で、その点、日本は戦後いち早く「大学における養成原則」が立てられ、これにより日本の教師の高い質がつくられてきたのです。

大学が関与することの意味は、その「探求的」姿勢の堅持にあります。授業や生徒指導等の学校での実践について、ただあれこれ技術的に腕を磨くだけでなく、自らの実践を「反省的に」振り返り、これを知的探求の課題にし、自立した理論的実践的に高い力量をもつ教師になることをめざすのです。
こうした点から見ると、日本で盛んな民間の各種の研修講座は、それなりに有益ですが、単に個人レベルの個別的な技能の習得に終わりかねない点で、大学主導のシステムに到底置き換えられうるものではありません。

(4)福井では、教職大学院を中心に、長期的な計画のもと、一定期間に県内のすべての小中教師を何らかの形でこうした修士レベルの教育を受けられるようにすることまで検討しています。これは素晴らしい構想です。

何度か福井県教委の方と懇談もしましたが、こうした方向で、大学とがっちりタッグを組んで教師力を上げようとの固い信念が窺えました(教育行政の人達の中にはまだまだ大学不信の強い方が少なくないのですが)。

国家免許化とか国家試験とかいろいろ言われ始めていますが、もともと無理なそうした「改革」の検討に時間を費やすより、いまやる気になればすぐできること、例えばこうした福井方式の教職の高度化を全国で大々的にやるのを国がしっかり応援する方が、よほどリアリティーがあると思っています。

学部新卒教員については、また別な課題がありますが、これも、和歌山県が去年から始めた、大学の全面協力のもとの1年間の研修制度などを広げれば十分有意義であり、国の財政支援があれば、教職大学院が全県設置になる来年度以降現実的に可能です。免許法などは、こうした現実策のもと、必要な改正を思い切ってやればいいのです。

前にも書きましたが、まさに、「ここがロドスだ、ここで跳べ!」です。あれこれ非現実的な施策に拘っている暇はありません。学校現場での教師の疲弊の解消と力量アップは待ったなしです。あと数年後来る採用減の時期に向けて、大胆かつ現実的な資質向上策に踏み切るべき時期でしょう。

http://www.yomiuri.co.jp/ky…/renai/20150515-OYT8T50008.html…
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プロフィール

村山紀昭

Author:村山紀昭
長い間、北海道教育大学で哲学を教え、1999年から私大を含めて10年間学長をつとめました。
退職後、教育と福沢に関する月1回の勉強会「教育人間塾」を続けるとともに、文科省の委員会委員や北海道教育委員会のアドバイザーとして、教育政策とくに教師教育政策に関わってきました。
平成26年4月からはフリーなスタンスで教育や福沢について思索する日々です。
趣味は音楽とオーディオ、クラシックと初期ジャズが好き。

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