スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Tag:スポンサー広告 

地べたを歩む不登校生等への学習支援ー「ねっこぼっこの家」

5日夕方、札幌の地域多世代子育てグループ「ねっこぼっこの家」による不登校生などの学習支援活動に参加してきました。

学校に行きづらい子や一人親で学習が思うに任せない子など中高生2〜30人が自由に集まり、大学生が1対1で勉強の面倒をみたり、地域の主婦らが夕食を作り一緒に食事をしたりします。

この会は、8年ほど前、地域で多世代で子育てを支え合おうと始まったそうです。赤ちゃんからお年寄りまで集まり、週2,3回一緒に子育てを楽しみ交流する。この活動の延長として、数年前から、不登校やひとり親の中高生のための学習支援として始ったのです。生徒は無料、学生もお母さん方もほぼ無償ボランティア。

この会の特長は、単に大学生による学習支援ではなく、そこに地域の多様な人達が入り込み、楽しくいろんな交流をしながら続けていることです。訪ねた時の夕食は、元シェフのお年寄りによる手作りカレー。赤ちゃん連れの主婦もいてわいわいと賑やか。中には知的障害のある青年も手伝いで参加しています。

会場は教会とその付属幼稚園敷地内の一軒家。元々牧師さんの住宅だったのを格安で借り切っているといいます。子育ても学習支援も、子どもはまったく無料。参加もいつでも誰でもオーケー。会の中心メンバーは、自ら子育てで苦労したお母さん方などさまざま。札幌市の子育て支援の資金を若干得て、何とか自前で運営しているそうです。

不登校生への学習支援は、教室に入れない子達への別室と相談支援パートナー配置という、札幌市が3年前に始めた事業と前後して、近隣の中学校と連携のもとに始められました。学校とは常時子どもの様子などについて連絡を取り合っています。

勉強と食事が終わって、みんなが床に思いのままに座ってミーティング。この日は、小学校で何年も不登校だった女子が自分について語りみんながそれについて考え話し合う会。リードは、近くに住み、学校で困難を抱えた子の支援を長くやっているベテランの公立高校教師。

彼は、ベテルの家の当事者研究の手法に熟達しています。何と彼、奥さんとおばあちゃん、そして1〜2歳の二人の赤ちゃん連れで、赤ちゃんはのびのびとみんなの間を動き回っていました。

今晩の主役の女子がゆっくり話し始めました。普段は何ともないけれど、一人になると「お母さんが階段を踏み外し大怪我する」とか次々と不安なことが頭に浮かんで何も手が付けられなくなると言う。みんな姿勢は様々だけれどじーっと聞いています。そしてリード役の先生の促しで、周りの人達がいろいろに話し出しました。

ここでは、「なぜそんな不安に駆られるの」とか「こうすべきでないの」とかの話は一切なし。まさに女子の話をそのままに受け止め、一緒に考える。誰かが誰かを指導するとか支援するとか助けるとかの関係ではありません。みんな自分に置き換えて一緒に考える。

しばらく経って、一人の主婦が自分の経験を語り、ちょっとしたヒントになる話をし、本人も「ああ、そういうこともあるか」と頷きました。コーディネーターもそれをうまく取り上げました。小一時間、何とも気持ちのいい対話の時間でした。

きっと彼女は、この集まりに来て自分のことを語り、何かちょっと感ずるものをえて、明日からまた元気に過ごそうと思いながら帰路についたことでしょう。

会に初めて参加して、学校に行きづらいなど難しさを抱えた子達に本当に寄り添い、相手を認め合い、ともに考え合うということがどういうことかをまざまざと感じ取った思いでした。

ねっこぼっこの家のあの自由そのもので、とことん相手を認め合う雰囲気について深く考えさせられました。ここには凡百の教育論を突き抜けた教育の真実がある、と。単なる決まり文句のような多様な教育とか違いを認め合う教育といった言葉を超えたリアルさがそこにはありました。

一方公教育は、こういう学校の外の地域の場での無償の「教育」をどう受け止めるのでしょうか。教科書もない時間も決まっていない、話し合うときの姿勢もなっていないようなものは教育でないと言うのでしょうか。そうではないでしょう。少なくともそこに間違いなくある、人の育ちの事実を認め理解しなければならないのではないでしょうか。

それにしても、身近に、こんなにもパワフルでエネルギーのある女性達がいることは驚きです。ほとんどボランティアで。かつ彼女らの賢さ。肩肘張るわけでも自分たちの活動を誇るのでもない。会の代表の女性は、いろんな人が自由に集まり楽しいことをやるんだから続けられると言っていました。

まさに「ねっこぼっこの家」です。新たな教育エリート達が試みるニュールックの教育事業などとはまったく無縁な世界です。外国由来のオールタナティブの受け売りもまったくない。この10数年、日本社会にもじっくりと育ちつつある地に足の付いた教育へのリベラルな発想と活動が、ここに間違いなくあるように感じました。

ようやく法制化されようとしている「多様な教育機会法案」は、こういう地べたを歩くアクティブで賢い女性達やそこに集う子とも達にまで届くものに果たしてなるのでしょうか・・・。

2015年6月7日
関連記事

Tag:教育  comment:0 

Comment

comment form
(編集・削除用):
管理者にだけ表示を許可
プロフィール

村山紀昭

Author:村山紀昭
長い間、北海道教育大学で哲学を教え、1999年から私大を含めて10年間学長をつとめました。
退職後、教育と福沢に関する月1回の勉強会「教育人間塾」を続けるとともに、文科省の委員会委員や北海道教育委員会のアドバイザーとして、教育政策とくに教師教育政策に関わってきました。
平成26年4月からはフリーなスタンスで教育や福沢について思索する日々です。
趣味は音楽とオーディオ、クラシックと初期ジャズが好き。

最新記事
検索フォーム
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。